石切劔箭神社ご利益お百度参り石切さん参道占いランチアクセス駐車場

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石切劔箭神社

地元の方からは、「石切さん」と親しまれてる「石切劔箭神社」

よく「石切神社」と間違えられることがありますが、

正式には、「石切劔箭神社」です。

ここでは、御由緒・アクセス・駐車場などご案内しています。

社号の「石切劔箭(いしきりつるぎや)」

御祭神の御神威が強固な岩をも切り裂き、貫き通すほど偉大な様をあらわしております。

特に加持祈祷、お百度参りは有名で関西一円はもとより、その御神徳を慕い全国から大勢の方がお参りになられています。

また参道商店街の占いも有名です。

参道は車の乗り入れはできませんので、ご注意ください。

石切神社参道 占い ランチ 食事

この参道を進んで行くと、占いやお食事のできるところがあります。

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御由結

石切劔箭神社御鎮座の御由緒につきましては、今からおよそ七百年前、足利時代の末に
兵火にかかり、社殿及び宝庫が悉く焼失したため詳らかではありません。

「しかしながら、延長五年(九二七年)に編纂された「延喜式神名帳』の中には、既に「石
切劔箭命神社二座」と記載されており、また延喜元年(九〇一年)に成立した『日本三代
実録』には貞観七年九月に、本社の社格が正六位から従五位に昇格されたことが記されて
おります。

また、天文五年(一五三六年)に当社社家の祖先藤原行春大人が社家に伝わる
口伝をまとめた『遺書伝来記』によれば、神武天皇紀元二年、現生駒山中の宮山に饒速日
尊を奉斎申し上げたのをもって神社の起源とし、崇神天皇の御代になって「下之社(現大社)」に可美真手命が祀られたとあります。

未、悠久の歴史を通じて、明夕、御皇室の御絵と日本国家の隆盛、氏子崇敬者の無
事を御祈願申し上げ、祭祀を継承し続けて今日に及んでおります。

御朱印

御朱印 お守り 石切神社

左側がお守り 右側が御朱印のお受け取り場所

石切神社 御朱印

御朱印は、日によっては書置きになります。

御神刀石切丸と再刃

河内有成、三條有成、有成という刀匠が鍛えた刀である。有成は「刀工総覧」によれば三
條宗近の子とも、同一人とも言われはっきりとはしないが在銘の現存する力としてはこ
の一振りと「日本刀重要美術全集 第1巻」に書かれていたことから当社でも長らくそう説
明してきたものと推察される。

最近になり奈良の三條小鍛冶宗近本店にて有成銘の刀が
展示されたというから、現存する力が増えたことは喜ばしい。

当社に奉納された経緯や時期については全くの不明である。室町時代の末に兵火にか
かり社殿ことごとく焼失、近代に入ってからも社家住居が火災により全焼するなど資料が
幾度となく失われた為である。

石切丸は「日本刀重要美術品全集 第1巻」によれば再刃(さいは)というから、本当に再刃だ
とすれば、これらの兵火や火災によって焼け身となったためかもしれない。

再刃とは一度焼けてしまった刀をまた焼き直して蘇らせることである。本間順治氏の「薫山刀話」にも、再刃の見どころに河内有成という二字銘の太刀として文中に出てきている。

平安時代に鍛えられた刀が再刃となれば、その本来の姿を失い、全くの別物になるの
であろうか。神道において神職は「神いますがごとく祀れ」と教えられ、どのような時
にあってもそこに神様がいらっしゃると思って奉仕する。

神様の存在を目で見なくては
信じられね、ということではなく、いらっしゃると思って奉仕することが自然になり、
境内に誰一人いなくなった夜更けに一人社殿に居ると何とはなしに神の存在を感じて身
ぶるいするような経験をして、そうして尚一層神明奉仕に励むこととなる。

同じように石切丸も力と向き合って眺めていると鳥肌が立つことがある。何か成しれ
ね時間の流れを思い知らされるのである。

神社も創建より長い年月を経て同じ姿を保っていないところが多いが、そこにいます
神の存在は些かも変わることがない。

「再刃なのかどうかは昔に帰れない以上確たることは言えないが、今目の前に実際に現
存する石切丸は、平安の世から現代に至るまで多くの人々に守られて御神刀となり、見。
る者の心に生じさせる想いは平安の世から不変であると信じてやまない。
その想いは信仰と何ら変わらないように思う。

刀剣

名物といわれる刀剣、またはその他の宝物には必ず誰が作ったか、どのような歴史を
経て今ここにあるかが明確しくもしくはある程度明確なものであろう。

確かに経緯の明らかでないものは釈然としない。様々な想像が出来るという意味においては良いのかもしれないが、やはり人は明確なものに価値を見出すことが多いのではないだろうか。
しかし、いくら作者も分からず、逸話もないとは言っても、それは現時点で分からな
いだけであって、宝物自体は分かっているのである。

誰かが作らねば存在せず、誰かが伝えていかなければ目の前にはないからである。
当社も兵火によって貴重な資料が幾度も失われ、経緯の分からないことは多い。

しかし、現実に存在している以上、名も知れぬ多くの人々によって今日まで創建以来2677年
の月日を経てきたことは確かなことである。

それ故に、名も、逸話も無い奉納刀も、当社のように永続することを願って、「よみがえる奉納刀」が始まったのである。

アクセス

公共交通機関

●大阪メトロ「本町」駅より
近鉄けいはんな線「新石切」駅まで約20分、徒歩7分
●近鉄奈良線「鶴橋」駅より
近鉄奈良線「石切」駅まで約20分、徒歩15分
●近鉄奈良線「生駒」駅より
近鉄奈良線「石切」駅まで約5分、徒歩15分

お車

●近畿自動車道「東大阪」JCT経由
阪神高速13号東大阪線「水走」出口より直進し四ツ目の信号を左折、約5分
●第二阪奈道路「西石切ランプ」出口より
大阪外環状線、被服団地前交差点をUターン約5分
●一般道より
大阪外環状線、被服団地前交差点を東進約5分

平日でもかなり停まっていますので、公共交通機関をお勧めします。